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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)6987号 判決

原告 金子靖夫 外二名

被告 藤倉清子 外六名

参加人 北日本製鉄株式会社

主文

一、参加人に対し、被告藤倉清子は金七五万円、同藤倉英夫、同藤倉正之、同藤倉兼好、同藤倉明治、同香月克子は各金三〇万円、被告高橋長之は金二二五万円及び右各金員に対し、各自、昭和二七年四月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は、その四分の一を原告ら及び参加人の連帯負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

三、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

一、請求の趣旨(原告ら及び参加人に共通)

(一)  参加人北日本製鉄株式会社に対し、被告藤倉清子は、金二、六一六、六六六円、同藤倉英夫、同藤倉正之、同藤倉兼好、同藤倉明治及び同香月克子は、各自金一、〇四六、六六六円、被告高橋長之は、金七、八五〇、〇〇〇円及び右各金員に対し、昭和二七年四月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  仮執行の宣言

二、被告らの本案前の申立(原告らに対し)

訴却下

三、請求の趣旨に対する答弁

請求棄却

四、請求の原因(原告ら及び参加人に共通)

(一)  原告ら三名は、いずれも、本訴提起の六月前から引続き参加人会社の株主である。

(二)  (被告高橋を除くその余の被告らに対する請求について)

1  亡藤倉潔は昭和二四年九月初めごろ参加人会社の代表取締役であつた。

2  同人は会社財産を処分して私利を図ろうと企て、そのころ、当時少くとも金八、〇〇〇、〇〇〇円の価値があつた参加人所有の別紙物件目録〈省略〉記載の電気器具一式を、ほしいままに訴外日本製鉄株式会社に、代金三、〇〇〇、〇〇〇円で売却した。

3  同人は、右売却代金中、金一五〇、〇〇〇円を参加人に入金した。

4  よつて参加人は、同人の右不法行為により、金七、八五〇、〇〇〇円の損害を受けた。

5  右売却処分が不法行為にならないとしても、右行為は善良なる管理者の注意義務に違反する行為である。即ち、

(1)  右物件は参加人の「電気炉による鋳鉄の製造販売」という目的達成のための唯一の資産であるから、その処分については、旧商法(昭和二五年の改正前)第二六〇条により、取締役の過半数の決議を得なければならないにもかかわらず、これを得ていない。

(2)  右物件の処分は、会社の運命に対して旧商法(昭和二五年の改正前)第二四五条第一項第一号の「営業の譲渡」に比すべき重大な影響を与えるものであるから、その処分については、同条を類推して株主総会の特別決議を必要とするにもかかわらず、これを得ていない。

従つて、右売却処分は、旧商法(昭和二五年の改正前)第二五四条第二項民法第六四四条に規定する善良なる管理者の注意義務に違反する。

6  右藤倉潔は、昭和二七年九月二四日死亡し、その配偶者である被告藤倉清子並びにその直系卑属である被告藤倉英夫、同藤倉正之、同藤倉兼好、同藤倉明治及び同香月克子が、相続により、同人の権利義務を承継した。

その相続分は民法第九〇〇条に従い、被告清子は、三分の一、被告英夫外四名は、それぞれ一五分の二である。

(三)  (被告高橋に対する請求について)

1  被告高橋は、昭和二五年六月二六日から、同二七年六月二六日までの間、参加人会社の監査役であつた。

2  同人は、亡藤倉潔と共謀のうえ、前記(二)(1) ないし(4) 記載のとおり前記電気器具をほしいままに売却し、よつて、参加人に前記金七、八五〇、〇〇〇円の損害を与えた。

同人は、右不法行為当時未だ監査役に就任していなかつたが、取締役たる身分を有する亡藤倉潔との共同不法行為であるから、刑法第六五条第一項を類推して、取締役としての責任を負うと解すべきである。

3  右主張が理由がないとしても、監査役としての任務解怠による損害の賠償を請求する。即ち、

(1)  同人は、参加人会社の監査役として在任中昭和二六年六月中同会社の第六回決算期(昭和二五年一月一日から同二六年三月三一日に至る)の決算報告書を監査した。

(2)  右決算報告書中の貸借対照表には、上記のとおり本件電気器具は真実は三〇〇万円で売却せられたのに拘わらず、亡藤倉潔及び被告高橋長之らにおいて、かねてよりそれが七五万円で売却せられた旨作為していたので、雑収入金の項目下に右七五万円と他の雑収入とを含めた入金額として一一五万円の入金が記載されていた。

(3)  被告高橋は右物件の売却処分が亡藤倉潔の不法行為ないし取締役の任務解怠によるものであることを知悉し、かつ、右貸借対照表中には上記(2) 記載のように雑収入の額につき不当な箇所があるにかかわらず、昭和二六年六月中に開催された参加人会社の株主総会において、右決算報告書は正当である旨の監査報告をした。

(4)  同人の右任務解怠の結果参加人は、前記亡藤倉潔の不法行為ないし任務解怠により前記金七、八五〇、〇〇〇円の損害を受けたのであるから、旧商法(昭和二五年の改正前)第二七八条により、亡藤倉潔と連帯して、右金七、八五〇、〇〇〇円の損害賠償の責に任ずべきものである。

(四)  遅延損害金については、被告らが遅滞に陥つた後である本件訴状送達の翌日の昭和二七年四月一〇日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による各金員の支払を求める。

五、被告らの本案前の申立の理由

(一)  本件訴は、商法第二六七条に基く株主の代表訴訟であるにもかかわらず、原告らは、同条第一、二項の手続を履践していない。

(二)  従つて本件訴は、訴訟要件の欠缺があるものとして却下さるべきである。

六、請求の原因に対する答弁

(一)  請求原因(一)を認める。

(二)1  請求原因(二)の1を認める。

2  同項の2のうち、亡藤倉潔が、その主張のころ、その主張の物件を、訴外日本製鉄株式会社に売却したことを認め、その余を否認する。右売却代金は、金七五〇、〇〇〇円である。

3  同項の3を否認する。売却代金は全額参加人に入金している。

4  同項の4を否認する。

5  同項の5のうち、本件物件が、参加人会社の目的達成のための唯一の資産であること、本件売却処分につき、取締役の過半数の決議及び株主総会の特別決議を得ていないことを認める。

6  同項の6を認める。

(三)1  請求原因(三)の1を認める。

2  同項の2のうち、その主張のころ、被告高橋は、未だ監査役に就任していなかつたことを認め、その余の事実を否認する。もつとも、そのころ、亡藤倉潔の依頼により、本件売却処分のあつせんをしたことはある。

3  同項の3の(1) を認める。

3の(2) については、その主張の貸借対照表中にその主張のような記載のあることを認め、その余の事実は否認する。本件電気器具は七五万円で売却されたものであるから、雑収入金の記載は正当である。

3の(3) については、被告高橋が、その主張の株主総会において、その主張のような監査報告をしたことを認めその余を否認する。

3の(4) のうち、被告高橋の任務解怠の結果、参加人がその主張の損害を受けたことを否認する。

(四)  請求原因(四)のうち、本件訴状送達の翌日がその主張のとおりであることを認める。

七、本案前の申立の理由(前記五)に対する原告らの主張。

(一)  申立の理由第(一)項を認める。

(二)  原告らが商法第二六七条第一、二項の手続を履践せずに本件訴を提起したのは、本件は、同条第三項にいわゆる「会社に回復すべからざる損害を生ずる虞ある場合」にあたるからである。

本件訴提起当時、亡藤倉潔及び被告高橋長之には、財産隠匿の虞があり、かつ、当時、右藤倉は、参加人会社の代表取締役であつたので、会社に対し、訴提起を求めると、右両名の財産隠匿を促進し、その結果無資力となる虞があつた。

八、右主張に対する被告らの答弁

(一)  右七の(二)のうち、本件訴提起当時、亡藤倉が、北日本製鉄の代表取締役であつたことを認め、その余の事実を否認する。

(二)  仮に、原告主張の事実があつたとしても、「会社に回復すべからざる損害を生ずる虞」があるとはいえない。

(三)  仮に、取締役、監査役が無資力に陥る虞がある場合が、右回復すべからざる損害を生ずる虞ある場合に含まれるとしても、原告らは、本訴提起と同時に、被告らの不動産につき仮差押をしたから、爾後、被告らは無資力に陥ることはない。

九、証拠〈省略〉

理由

一、原告金子靖夫、同林芳郎及び同林正治の訴の適法性について

右原告らが、いずれも本訴提起の六月前から、参加人会社の株主であつたこと、及び、同人らが商法第二六七条第一、二項所定の手続を履践していないことは、当事者間に争がない。そうすると、本件訴が適法であるか否かを決定するためには、特段の事情のないかぎり、本件が同条第三項にいわゆる「会社に回復すべからざる損害を生ずる虞ある場合」にあたるか否かを判断しなければならない。しかし、本件においては、記録上明らかなとおり、右原告らの本訴提起後、昭和三〇年九月十六日右原告らが商法第二六七条第一項により取締役、監査役の責任追求の訴を提起すべきことを請求すべきであつたところの北日本製鉄株式会社が、本件訴訟手続に参加し、被告に対して原告らと同旨の請求をなすに至つた。しこうして当裁判所は本件の場合のように、株主が商法第二六七条第一、二項所定の手続を履践しない場合でも、爾後会社が、その訴訟手続に参加したときは株主の提起した右代表訴訟は同条第三項の要件を具備すると否とにかかわらず、同第一、二項の手続欠缺による瑕疵は治癒され、爾後裁判所は他に特段の訴訟要件の欠缺のないかぎりは、右訴を却下し得ないものと解するのが代表訴訟制度の運用解釈上正しいものと思料する。

従つて、本件代表訴訟を不適法とする被告等の主張は理由がない。

二、被告高橋を除くその余の被告らに対する請求について(原告と参加人に共通)

1、原告ら及び参加人は、右被告らに対し、亡藤倉潔の不法行為及び取締役としての任務違反を選択的に主張して同額の損害賠償請求をしているので当裁判所はまず、取締役としての任務違反に基く損害賠償請求の当否につき判断する。

2、請求原因(二)の1、の事実、及び亡藤倉潔が参加人会社の代表取締役在任中、参加人所有の別紙物件目録記載の電気器具を訴外日本製鉄株式会社に売却したこと、並びに、右売却については参加人会社の取締役の過半数の決議及び株主総会の特別決議がなされていないことは、いずれも当事者間に争がない。

まず、右売却につき株主総会の特別決議が必要である旨の原告らの主張は、主張自体失当である。けだし、旧商法(昭和二五年の改正前)第二四五条第一号にいわゆる「営業の全部又は一部の譲渡」には、いかに重要な資産であつても、又それがその会社の唯一の資産であつても、単なる財産の譲渡は含まれないものと解するを相当とするからである。

ところで、旧商法(昭和二五年の改正前)第二六〇条によれば、会社の業務執行は、定款に別段の定がない限り、取締役の過半数の決議をもつてこれを決すべきものであるが、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第三三号証(定款)によれば、参加人会社の定款には、右別段の定めがないことが認められるので、参加人会社の業務執行は取締役の過半数の決議によつて決定されるべきものである。

従つて、亡藤倉潔がなした本件電気器具の売却処分は、取締役の過半数の決議を経由すべきであつたにもかかわらず、これを経由しないものとして、権限なき行為といわざるを得ない。そして、会社の代表取締役が、権限なしに、会社の所有にかかる財産を他に売却した場合には、その売却行為の適法性を基礎づけるに足るべき特段の事情がない限り、右売却は旧商法(昭和二五年の改正前)第二六六条第一項にいわゆる「取締役がその任務を怠りたるとき」にあたるものというべきところ、本件においては、亡藤倉潔の本件物件売却行為の適法性を基礎づけるに足るべき特段の事情を認めることができない。もつとも、いずれも成立に争のない甲第六、七号証、同第五五号証、乙第一〇号証及び同第三五号証の一、二並びに、証人鎌田功一(第一回)、原告林芳郎、同金子靖夫及び被告高橋長之各本人の供述によれば、参加人会社は昭和二四年九月当時、何らの営業活動も行わず、その所有していた財産も、本件電気器員の外、わずかの不動産、及び耐火レンガ等であり、その従業員も訴外鎌田功一のみにすぎず、同会社が製鉄事業を行うことは不可能に近い状態であつたこと、又、亡藤倉潔は、昭和二三年一月ごろ、参加人会社の代表取締役に就任したが、前任者であつた原告金子靖夫は会社の帳簿等を引渡さず、会社所有の財産の存否、所在等を明確にしなかつたため、右藤倉その他同会社の取締役は、会社所有の財産の存否、その数量等を把握することができない状態にあつたこと、他方、同会社の債務は株式会社富士銀行に対する債務だけでも約六七八万円にものぼり、同銀行から、右債務の弁済を強く請求されていたことが認められる。これらの点からすると、亡藤倉は、参加人会社の事実上の清算のため、あるいは、少くとも右富士銀行に対する債務弁済のため、本件物件の売却をしたのではないかと思わせる節もないではない。しかしながら、一方、成立に争のない甲第四号証の一、いずれも原本の存在及び成立につき争のない同号証の二ないし五、いずれも成立に争のない同第五号証の三、同第七号証同第五五号証及び同第五七号証、証人鎌田功一(第三回)の証言により真正に成立したものと認める乙第六五号証、証人鎌田功一の証言(第一、三回)、被告高橋長之及び原告金子靖夫(第一回)各本人の供述を綜合すれば、亡藤倉潔は、本件物件の売却方を被告高橋に依頼し、同被告においてこれを三〇〇万円で売却したのにもかかわらず、内金二二五万円を右売却あつせんの手数料、費用等として被告高橋長之に与え、残金七五万円も、被告高橋を介し、同人が代表取締役、亡藤倉が監査役をしている訴外北星漁業株式会社に貸与したこと、そして、参加人会社の帳簿上は、右物件が七五万円で売却されたように仮装していること、並びに亡藤倉は、本件物件売却の日の約三箇月後において、前記富士銀行に対する参加人会社の債務六七八万円余の内一二〇万円につき右同人が重畳的債務引受をなすことにより残金五五八万円余の債務の免除を受けることに成功し、他方、昭和二三年六月以降参加人会社から、右富士銀行に対する債務の弁済の事実はなく、たゞ、右債務引受後である昭和二五年四月以降三回に亘り、亡藤倉が合計六〇万円の債務の弁済をしていることが認められる。してみれば、亡藤倉の本件物件売却処分が、専ら、右富士銀行に対する債務の弁済のため、ひいては参加人会社の財産整理のためになされたものとはいゝ難く、従つて又、同人が権限なくしてなした本件売却処分の適法性を基礎づけるに足るべき特段の事情があるとは、とうてい、いゝ得ないものといわなければならない。

以上説示の理由により、亡藤倉潔の本件物件売却行為は、旧商法(昭和二五年の改正前)第二六六条にいわゆる取締役としての任務違反行為であると認める。

従つて、右藤倉は、参加人会社が右売却処分によつて受けた損害を賠償する義務があるものといわなければならない。

3、そこで、参加人会社が受けた損害について判断する。本件のように取締役としての任務に違反して会社財産を売却処分した場合、会社を受けた損害額は処分された当時における物件の時価相当額である。しこうして当裁判所は本件物件の価額は、以下示すように本件売却当時、少くとも金三〇〇万円であつたと認める。

即ち、原告ら及び参加人は、右価格は当時金八〇〇万円を下らないものであつたと主張するが、本件全証拠によるも右事実を認めることができない。

なるほど、証人信耕純の証言により真正に成立したと認める甲第三〇号証の二、証人平野晃の証言により真正に成立したと認める甲第三一号証、証人平野遼二郎(第一、二回)、同亀井辰男(第一、二回)、同笠原稔、同藻川四郎、同平野晃及び同信耕純の各証中には、本件物件の時価が当時八〇〇万円ないし一、五〇〇万円位であつた旨の記載あるいは供述があるが、他方、証人中西利平の証言により真正に成立したものと認める乙第二九号証の一、二、いずれも証人高橋儀平の証言により真正に成立したものと認める同第三〇号証及び同第三二号証、証人植松貞雄の証言により真正に成立したものと認める同第四七号証、証人大村茂の証言により真正に成立したものと認める同第四九号証、いずれも証人浅井重雄の証言により真正に成立したものと認める同第五一号証及び同第五八号証、証人松原正夫の証言により真正に成立したものと認める同第六一号証、並びに証人中西利平、同高橋儀平、同植松貞雄、同大村茂、同浅井重雄(第一、二回)、同松原正夫(第一ないし第三回)及び同松永薫の各証言中には、本件物件の時価は、約一三万円ないし二〇〇万円である旨の記載あるいは供述がある。そして右各証人の大部分が、技術者ないし業者等その道の専門家であること、及び、右各証拠によつて認められる、本件物件が戦時規格品であり、かつ、製造後約四年間を経過したものである事実に徴すれば、本件物件の時価が、本件売却当時、少くとも八〇〇万円であつた事実は、これを認めることができないものといわなければならない。

ところで、本件物件は、前記認定のとおり、三〇〇万円で訴外日本製鉄株式会社に売却されていることが認められる。そうすると、特段の事情がない限り、本件物件の時価は、少くとも三〇〇万円であつたものと推認するのが相当である。もつとも、前掲甲第四号証の四、五、並びに、被告高橋本人の供述によれば、右売却に際し、同人が亡藤倉の代理人となつて売買契約をしたことが認められ、又、同被告の供述によれば、同人が右日本製鉄の三鬼社長と個人的に親しい間柄であり、かつ、本件物件の売却前から、右三鬼に対し、同被告が営む北星漁業株式会社に対する資金の援助を依頼していたこともあつて右日本製鉄は、本件物件を実際の価額以上の価格で買取つたのではないかと疑うべき節もないではない。しかしながら、当時日本製鉄の資材課長であつた証人平野遼一郎(第一ないし第三回)、同じくその技術部員であつた証人亀井辰男(第一、二回)の各証言によれば、同人らとしては本件電気器具を実際にそれが有する価額以上の価格で買取つたのではなく、右物件の時価としては金三〇〇万円位が妥当であると考えていたことが認められる。そして、前述のように専門家の間においてすら、最低一三万円から、最高一、五〇〇万円まで、その時価の評価が異なつている事実、換言すれば、本件物件が終戦後の物資不如意の折柄需要供給の関係その他で、その価格の評価が著るしく異なる物件である事実に徴し、本件物件の時価が、少くとも、本件売買価格の三〇〇万円を下らなかつたものと推認するのが至当である。

以上の理由により、本件売却当時における本件物件の時価は、少くとも、三〇〇万円であり、従つて又、参加人会社が受けた損害の額も、同額であると認める。

4、被告らは、亡藤倉潔が、本件物件の売却代金中七五万円を参加人に入金したと主張し、原告ら及び参加人は、その内金一五万円の入金を認め、その余を否認するので、この点につき判断する。

成立に争のない甲第五号証の一、二(但し、鉛筆の部分を除く)、同じく甲第五五号証及び前掲乙第六五号証、並びに証人鎌田功一の証言(第一、第三回)及び被告高橋長之本人の供述を綜合すると、昭和二四年九月、本件売却代金三〇〇万円のうち、二二五万円は、被告高橋に、売買手数料その他として与え、残金七五万円は、右高橋の営む北星漁業株式会社に貸付けたが、同北星漁業は、遅くとも、翌二五年五月ごろまでに、前後二回に亘り、右七五万円を参加人に返済したこと、亡藤倉潔は、右返済を受けた七五万円のうち、一五万円は、参加人会社の訴訟費用及び使用人の給料等にあて、残金六〇万円は、昭和二五年四月一二日三〇万円、同年五月三一日一五万円、同年一二月一八日一五万円、いずれも参加人の富士銀行に対する債務の弁済として同銀行に支払つたことが認められる。なお甲第五五号証には、亡藤倉個人が参加人の債務を弁済した形になつているが、これは、前記認定のとおり、同人が参加人の富士銀行に対する債務を重畳的に引受けたことによるものであることが認められる。なお、甲第五号証の二(参加人会社の現金出納帳)の記載と同第五五号証(富士銀行の回答書)の記載との間には、弁済の日時につき相違があるが、このことは、右認定を左右するには足りないものというべきである。

右事実によれば、亡藤倉は、本件物件売却代金中、結局七五万円を参加人会社に入金したものと認めるのを相当とするから、参加人が受けた損害は、前記三〇〇万円から、これを差引いた二二五万円であるといわなければならない。

5、請求原因(二)の6、の事実(相続の事実)は当事者間に争がないので、結局、被告高橋を除くその余の被告らは、参加人に対し、被告藤倉清子は、二二五万円の三分の一である七五万円、被告藤倉英夫、同藤倉正之、同藤倉兼好、同藤倉明治及び香月克子は、各自、二二五万円の一五分の二である三〇万円及び、右各金員に対する遅滞の後である昭和二七年四月一〇日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払をなす義務があるといわなければならない(なお、この支払義務は、それぞれ被告高橋と連帯して支払うべきものであることは後記三の4参照)

三、被告高橋に対する請求について(原告と参加人に共通)

1、原告ら及び参加人は被告高橋に対し、同人の不法行為及び監査役としての任務違背を選択的に主張して同額の損害賠償請求をしているので当裁判所はまず、監査役としての任務違反に基く損害賠償の請求の当否につき判断する。

2、請求原因(三)の1、及び3、の(1) の各事実は当事者間に争がない(但し、監査役就任の日は、昭和二五年六月五日と認める。甲第一二号証商業登記簿謄本参照。)

また3、の(2) (3) の点に関し、原告ら及び参加人主張の決算報告書中の貸借対照表中にその主張のような雑収入金の記載があり、被告高橋が、昭和二六年六月中に開かれた参加人会社の株主総会において、右決算報告書が正当である旨の監査報告をしたことは当事者間に争がない。

3、ところで旧商法(昭和二五年の改正前)第二七四条によれば、「監査役は何時にても取締役に対し営業の報告を求め又は会社の業務及び財産の状況を調査することを得」るものであり、又、同法第二七五条によれば、「監査役は取締役が株主総会に提出せんとする書類を調査し、株主総会にその意見を報告することを要す」るものである。従つて、旧商法(昭和二五年の改正前)においては監査役は、業務検査及び会計検査の権限並びに職務を有し、又、株主総会提出書類の調査報告義務を負い、もし、監査役が、このような義務を懈怠したときは、同法第二八〇条、第二六六条第一項により、「任務を怠りたるとき」として会社に対し損害賠償の責任があるものというべきである。

しこうして、前記認定事実によれば、被告高橋は、亡藤倉潔から、本件物件の売却を依頼され、昭和二四年九月、前記日本製鉄に三〇〇万円でこれを売却したにもかかわらず、内金二二五万円は売買の手数料その他として自ら取得し、残金七五万円についても自己が自ら社長として主宰する北星漁業株式会社のためにこれを一時借用し、その後、翌二五年五月ごろまでの間に二回に分けてこれを亡藤倉に返済したことが認められる。そして、なるほど、右高橋が参加人会社の監査役に就任したのは、前記認定のとおり、昭和二五年六月五日であつて、右売却処分後のことであるが、右認定のように、同人が七五万円を参加人会社に入金したのが遅れたため、同会社の帳簿には、同年二月六日一括して入金された旨の記載があり(証人鎌田功一の第一回の証言)、従つて、又、参加人会社の、昭和二五年一月一日から同二六年三月三一日に至る第六回決算期の貸借対照表に右七五万円の入金が雑収入金一一五万円の中に含めて計上されており(同証言)、これらはいずれも、右高橋の監査役在任中に監査されるべきものであることが認められる。そうすると、被告高橋は本件物件が三〇〇万円で売却せられた事実を知りながら、昭和二六年六月中に開催された参加人会社の株主総会において、右七五万円を含めた雑収入金として一一五万円が計上されている参加人会社の第六回決算期の貸借対照表を正当である旨の監査報告をしたものであり、これらの行為は監査役の任務違反になるといわなければならない。

4、そこで、右任務違反により参加人会社が受けた損害の賠償責任について判断する。

旧商法(昭和二五年の改正前)第二七八条は、現行法と同じく、「監査役が会社又は第三者に対して損害賠償の責に任ずべき場合において取締役も又その責に任ずべきときは、その監査役及び取締役はこれを連帯債務者とする」旨規定する。

この規定と右旧商法第二八〇条第二六六条の規定とを併せ考えるときは、監査役が、取締役の任務違反行為を故意に看過し、もつて、業務及び会計検査の義務を懈怠し、よつて、会社に損害を与えたときは、監査役は、取締役の右任務違反行為によつて会社が受けた損害を取締役と連帯して賠償する義務あるものと解するを相当とする。

そうすると、被告高橋は参加人に対し、取締役たる亡藤倉と連帯して、前認定の二二五万円を賠償する義務があるものというべきである。

従つて、被告高橋は、右藤倉の相続人である被告藤倉清子外五名とそれぞれ連帯して参加人に対し、右損害賠償金二二五万円及びこれに対する遅滞の後である昭和二七年四月一〇日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による金員を支払う義務あるものといわなければならない。

四、よつて、原告ら及び参加人の請求を右の限度において認容し、その余は棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊東秀郎 八木下巽 宍戸達徳)

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